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服を着たゾウ

服を着たゾウ

私のお気に入りの、星新一のショートショートの1つに「服を着たゾウ」というものがあります。(新潮文庫の「マイ国家」の一編)

「おまえは人間だ」という催眠術をかけられたゾウが人間としてふるまうようになった。という話なのですが、話の最後にゾウが人間に対して問いかけます。この最後のくだりが(星新一らしい)シニカルな問いかけになっているのです。この最後の箇所を引用させてもらいます。

「わたしの心の奥に、おまえは人間だ、という声がひそんでいるのです。 しかし、人間とはなにか、わたしにはよくわからなかった。 そこで、本を読んで勉強したのです。人間とはどういうものか、 人間なら何をすべきか、などについてです。 つねに学び、考え、その通りにやってきただけです。 私が世の中の役に立っているとすれば、このためかもしれません。 あなたがた、自分が人間であると考えたことがおありですか」
「さあ・・・・・・」
指摘された質問者は口ごもった。そういえば、そんなことは考えたこともない。
人間はだれもかれも一回は、催眠術師にたのんで、おまえは人間だとの暗示を与えてもらったほうがいいのかもしれない。

この話は「人間とは何か?」ということになっているのです。

自分が何者なのか?といったアイデンティティに対する問いかけは、私は基本的かつ普遍的なものだと思うのですが、人間とは?なんて根本的なところを突然問いかけられると普通の人はちょっとびっくりするのではないでしょうか?こういったちょっと突飛な飛躍がショートショートの面白いところですが、この問いかけは面白いと同時に、読む人を深く考えさせるものです。

「人間とは何か?」という問いかけは、哲学や宗教の世界であれば頻繁に出てきます。パスカルの「考える葦」という表現は有名ですね。

この文章は、「人間」という単語を他の単語に入れ替えるだけで、他でも通用する文章が出来上がります。ためしに、以下のような入れ替えをしてみれば・・・。

  • 人間→大人
  • 人間→社会人
  • 人間→技術者

ほら、こうやって入れ替えをしていると、何か思い当たるところが出てきませんか?

私はたまに似たような問いかけをしたいという衝動にかられます。「あなたは自分が○○○だという自覚はあるんですか?」「あなたはどうあるべきだと考えているんですか?」といった類。

アイデンティティ?

アイデンティティ(Identity)という単語は難しくて、日本語には適切な単語が存在しないような気がします。
日本では個人の意識は評価されないせいでしょうか?日本人は回りに合わせましょうという感じなので・・・個というものが薄くて弱い。

でも、アイデンティティの模索というのは人の成長において必要な基本的なプロセスなんだと私は考えています。

お母さんがコドモに「もう中学生なんだから!」なんて言っていそうですし、社会に出たばかりの学生は「もう社会人なんだから」と怒られていそうですが、アイデンティティは押し付けても意味がなくて、主体的に意識しないと意味がないものです。

世の中で立派な人、もしくはひとかどの人は大抵、このアイデンティティをしっかり持っているはずです。
自分では自覚や意識は持っていないけど、「ただ何となくやっていて」とか「ただ人に言われるままやっていたので」立派な成果を・・・なんて人はいないんじゃないかな?

私はアイデンティティの獲得というのが教育の最大の目標の一つなんじゃないかと考えています。というより高等教育は本来アイデンティティを持った人が受けるものだろう。みんなが行くから自分も高校や大学に行くというのは変。

アイデンティティを持っている人はそれに従って自己実現ができるはずです。
人がもつ目標や生き方はアイデンティティと密接に関わっているはずです。
アイデンティティの無い人は何かある度にフラフラと流されていきそうな気がします。

アイデンティティというのは人だけじゃなくて、組織にも当てはまります。存在意義のよくわからない組織とか、組織の構成員が自分の所属する組織がどうあるべきか?考えていないとか・・・ものすごく残念な感じです。それでうまく行ったとしたら、ただのまぐれ?

ようするに?

そう、たまには自分のアイデンティティをきちんと見直しなさいということなのです。



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Essey | 00:48:09 | トラックバック(0) | コメント(0)

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